Others IV

Others III頁が長くなったので、続編を起こした。 (2023/01/04)

令和癸卯年 (2023.01.04)

明けましておめでとうございます。
拙いSiteではありますが、本年もまた宜しくお願いいたします。

昨年は不安の多い年だった所為か、Siteup回数は少なく、
 1月:22回、2月:18回、3月:23回、4月:22回
 5月:22回、6月:14回、7月:17回、8月:14回
 9月:10回、10月:13回、11月:17回、12月:11回
 合計:203回、一昨年は:281回、つまり28%減。
その理由は前節の 「2022自作PC回顧」 で述べた通りです。

では、本年はどうするか。
 ・Raptor LakeもRyzen 7000 seriesも軽負荷時の消費電力が高く我が家の
  方針に添わないが、この際妥協するべきかどうか悩ましい。
 ・CPUの高TDP化と共にM/Bの値上がりは著しく、そうそう気軽に買えなくなった。
 ・SSDは値下がり傾向にあるがまだまだ。2TB 10k円、4TB 20k円に期待したい。
 ・従って、組み上げるPCの台数を制限する。
 ・旧PCの整理は避けられない。

そうなると、昨年以上に低調なSiteになる可能性があるので、何か新しい知恵はないものか思案する三が日でした。

カラマーゾフの兄弟 (2023.01.14)

15歳の時に罪と罰を読んで以来、22歳までにドストエフスキーの主要作品は殆ど読了した。読んだ順序は、罪と罰/貧しき人びと/地下室の手記/虐げられた人びと/死の家の記録/白夜/白痴/カラマーゾフの兄弟/悪霊/未成年。

それから50年以上経っているので内容は殆ど覚えていないが、カラマーゾフの兄弟については思い出がある。 先日、某首相がカラマーゾフの兄弟の1巻目で挫折したとの報が流れたが、この小説を気軽に読み進めるのはかなり難しい。自分の場合も1度ならず2度挫折し、3度目に挑戦した時、
 ・カラマーゾフの兄弟は登場人物が多い上に名前/略称/愛称等、同一人物を断り
  なしに複数の呼び方で表記されるため、直ぐにこんがらかって前へ進めなくなる。
 ・そこで「読書ノート」を作ることにした。
 ・全ての登場人物の略称/愛称/関係図を記録し、迷子にならぬよう気をつけた。 
  特に100頁辺りまでは、何度か読み返して確認した。
 ・効果は覿面。常に人間関係が正確に把握されていれば、劇的な物語の展開に
  圧倒され、最後まで一気に読み進めることができた次第である。
 ・その後、外国の小説を読む時は必ず読書ノートを付けるようになった。
  トルストイ/ショーロホフ/トーマス・マン/ジェイムズ・ジョイス/プルースト/
  フォークナー/セリーヌ /カミュ/サルトル等々。

1960年代から70年代にかけて、日本の純文学作家は大いに活躍した。
 ・安部公房/安岡章太郎/吉行淳之介/小島信夫/庄野潤三/遠藤周作/開高健/
  大江健三郎/北杜夫/丸山健二/丸谷才一の芥川賞受賞者。その他、三島由紀夫/
  高橋和巳/倉橋由美子等々、出版されれば必ず初版本を購入した。
 ・ところがその反動か、1975年以降芥川賞受賞作品の魅力が薄れ、村上龍の
  「限りなく透明に近いブルー」を最後に、芥川賞受賞作品は1作も読んでいない。

それにつけても最近の小説は馴染みが薄い。芥川賞受賞作品だけではなく、ノーベル文学賞受賞作品もまた大した話題にもならず、通販全盛のお陰で実際に本を手に取る機会すらなくなった。

だからと言って活字から解放されることはなく、関心は歴史/考古学/地誌/神話/民話/童話等の分野に移った。そこまでは良かったが加齢と共に視力が衰え、活字の小さい文庫本は手に負えなくなり、できるだけ大活字本を選ぶようになった。その結果、岩波文庫ワイド版/岩波少年文庫の購入が増えた。この先どうなるか。できれば作曲に手を出したいのだが、和声法習得等の準備が整っていない。

治一郎 (2023.01.20)

毎年、年賀にやって来る会社関係/友人/知人は十数名程。その際、手土産を頂くが、どうも流行りがあるように感じられる。一昔前は"虎屋の羊羹"、その後は"GodivaのChocolate"、そして最近は"Baumkuchen"、それも圧倒的に"治一郞"が優勢である。食べやすく小分けしてあるのでつい手が出てしまう。人気筋だけあって味は良い。
けれども糖尿病持ちのため控え目にしなくてはならず誘惑と戦っている。

前にも述べたが、虎屋とGodivaには大きな特徴がある。薄型の化粧箱は材質が肉厚でPC小物部品入れにぴったりなのだ。箱の縁を片手持ちしても痛まず、我が家では大いに活躍している。治一郞の箱材は薄手なのでそうした使い方はできず、食べ終われば廃棄処分になる。その点は残念。
【治一郞のBaumkuchen】

今年一番人気のお年賀
10個入りで4000~5000円
到底自分では買えない
5回目 (2023.01.21)

1月20日午後、かかりつけ医院で5回目となるOmicron対応Vaccine接種を受けた。
接種受付表を見たら20名位か。さして広くない待合室は目一杯だった。看護師さん達も慣れたもので、5分も待たずに措置室へ案内された。今回もまた注射時の痛みはなし。「もう終わりですか」以外に言葉はなく、待機指定15分間の後に引き上げた。
  接種直後:変化なし
   3時間後:発熱も痛みもなく至って平静
   6時間後:接種したことを忘れそう
  12時間後:変化なし
  18時間後:接種を受けた左肩を触ると微かな痛みあり
  24時間後:痛みは殆ど引いた
  30時間後:全く平静
  36時間後:これ以上観察の必要なし
総じて、前4回目接種時より微かな痛みの症状は軽かった。

悪魔の靴 (2023.01.25)

GoetheのFaustに登場する悪魔はMephastophilis、略称はMephisto。
Franceの靴Makerである"Mephisto"は、さしずめ"悪魔の靴"製造会社となろうか。

同社の靴はこれまでに3足購入した。その内、最も古い35年物の製品を今でも履き続けている。後に購入した2足よりお気に入り度が高いからである。当初の購入代金+5回の修理代金=約100K円。つまり、1年あたり 2,857円。そう考えると超お買い得品。

この靴は背広を着ないで外出する時に履くが、そうした機会は月に数度のこと。年間50回位。以下、2012/07/10と2023/01/25に撮った写真を並べた。
【Mephisto Waking Shoes】
1987年秋に購入

左上は2012/07/10撮影
4回の修理済
購入から25年経過

左下は2023/01/25撮影
5回の修理済
購入から35年経過

この靴を購入した1987年は、初めてのPC "NEC PC9800DX"を購入した年でもある。 つまり「我が輩のPC暦 = Mephisto Waking Shoes暦」となる。足に合うならどこの製品でも良いのだが、次回もまたMephistoか。
鳥 I (2023.01.27)

最近、暗くなると細かい字が読み難い。夜盲症の始りか。
夜盲症を鳥目とも言うのでWeb検索したら、思いがけないことになった。
花沢アイクリニック通信第73号によれば。
 本当に鳥は暗くなると目が見えないのでしょうか。夜行性のフクロウや昼夜を問わずに飛び続ける渡り鳥達は、夜でもしっかりと視覚で物をとらえて狩りをしたり、障害物にぶつかることなく飛ぶことができています。ではなぜ鳥=鳥目というイメージが定着しているのでしょうか。
 それはニワトリに原因があるようです。ニワトリは夜に活動しない上、弱視と言われています。昔から人間と共に生活をしており、鳥といえばニワトリと言うほど密接な間柄です。そこでニワトリは夜に活動しない=ニワトリは夜に目が見えない=鳥は夜に目が見えないといった具合に認識されていったようです。
 このように、ニワトリを基準に考えたことによって、鳥=鳥目となってしまったようですが、鳥の眼の能力は種類によってかなり違っていて、視力でいうと
   ニワトリ 0.07、ハト 0.5、タカ 4.7、ハヤブサ 8.0
多くの鳥は 2.0~4.0 という説もあります。
つまり、鳥目な鳥はニワトリだけと言うことになり、寧ろ 「鶏目」 と表記する方が相応しく思われる。ところが、鶏眼(=魚の目)なる別の言葉があり、更にややこしくなるので鶏目の使用は控えた方が良さそう。

そうなると、鳥目ではない鳥の中でも夜間の「渡り」をする鳥たちの生態が気になる。

石器時代 (2023.02.18)

毎年、旧正月から2月にかけてPC関連の新製品発表は少ないが、今年は一段と寂しい思いをしている。抑も昨秋来M/BもGraphics Cardも高額なもの許りで廉価品は少なく、自分とは縁の薄い状況が続いた。立春を過ぎれば少しは好転するかと期待していたが、今のところ変化なし。その所為かどうか、IT関連企業は各社とも収益を落し、酷いところは赤字とのこと。そんなこんなで、ふと中国/台湾の旧正月について調べていたら、面白い昔話に出合った。

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「おとし玉のはじまり」 中国の昔話 松瀬七織訳 こぐま社刊より

 昔むかし、ある山奥に、鬼よりたちが悪く、虎よりも強い魔物がいました。赤い眉に緑の目で、手足は太くて長く、九丈九尺九寸(約30m)もありました。
 この魔物は、普段は山奥にいるのですが、大晦日の晩になると、村に出てきて人の家にもぐり込み、その太くて長い手で子供に触りました。すると、触られた子は、死んでしまったり、魂を抜かれたようになってしまいます。こうして、大晦日には、大勢の子が命を落としました。親たちは、この魔物を恐れ憎んでいました。

 毎年、大晦日の晩には、どの家でも、大人は子供を囲んで眠らずに新しい年がくるのを待ちました。それでも魔物は知らぬ間に家に入り込み、子供に触るのでした。
 さて、ある銅山の麓に、銅細工師の家がありました。この家には、銅細工師の夫婦と幼い女の子が一人住んでいました。
 ある年の大晦日のこと、年越しのご飯を食べたあとで、女の子は、飴が欲しいと泣きました。飴がないので、お父さんは代わりに、銅貨を赤い紙に包んでやりました。女の子は直ぐに泣きやみ、赤い包みを枕元に置いて眠りました。
 真夜中になると、魔物が山奥から出てきました。そして、銅細工師の家に忍び込み、女の子に触ろうと長い手を伸ばしました。
 ところが、魔物が銅貨を入れた赤い包みに触ろうとしたとたん、光が走り、家の中が、ぱっと照らし出されました。 魔物は大声で叫ぶと、まるで雷に打たれたように、くるりと向きをかえて逃げて行きました。
 両親は、ただもう恐ろしく泣き叫ぶばかりでした。二人は、これで娘はもうだめだと思いましたが、夜通し眠らずに娘を見守りました。
 ところが元日の朝になると、女の子はいつものように元気で起きて跳ね回っています。
 両親は大層喜んで、これは銅貨の赤い包みのお陰かも知れないと考えました。
 春が過ぎ秋が来て、あっという間に一年が経ち、また大晦日の晩になりました。銅細工師の夫婦は、今度も銅貨を赤い紙に包んで、女の子の枕元に置き、明りをつけたまま、女の子に添い寝をしました。
 真夜中になると、突然、さあっと風が吹いて明りが消えました。闇の中に魔物が現れ、子供に触ろうと、長い手を伸ばしました。けれども、銅貨の包みに触ったかと思うと、慌ててこそこそ逃げて行きました。
 元日の朝、女の子が元気なのを見て、銅細工師の夫婦は、魔物が銅貨を恐れていることを村の皆に話しました。
 これを聞くと、一人が十人に、十人が百人にこの話を伝え、大晦日の晩には、子供の枕元に赤い紙に包んだ銅貨を置きました。それからというもの、魔物は二度と、子供に触りに山を下りてこなくなりました。
 そこで、この赤い紙に包んだ銅貨を 「魔物払いのお金」 と言いましたが、魔物という言葉は縁起が悪いので 「お年玉」 と呼ぶようになったのです。

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別の昔話に 「蛇は鉄を恐れる」 という話が世界中に見られます。人類は 石器時代 → 銅器時代 → 青銅器時代 → 鉄器時代 と歩んできました。上の昔話はそうした移り変わりを反映するものと受け止められます。そうなると、Silicon = 石を主材料とするTransistorは、やがて別の素材に置き換わる日がやって来るものと考えられます。
恐らく後世の人々は、20-21世紀初頭をIT石器時代と呼ぶことになりましょう・・・

昆虫食 (2023.03.03)

近頃、Web上ではコオロギの粉末を食用にする件で賑わっている。
コオロギは未経験だが、イナゴなら小学生の頃に食べたことがある。

1950年代、毎年夏になると海老名までイナゴ取りに出かけた。当時海老名駅から横浜方面に向かって相鉄線沿いは、田圃が拡がりイナゴ取りに格好の地であった。捕虫網と虫かごを携え父親と二人で出かけた。イナゴは面白いように捕まえられた。始め捕虫網を使っていたがイナゴの足が網に絡みつき、寧ろ帽子の方が効率的だった記憶がある。虫かごは直ぐ一杯になり、布袋に入れて持ち帰った。

その後の処理については正確に覚えていないが、充分に乾燥させた後、「イナゴミル」 なる道具にかけて粉末にした。このイナゴミルは元々はコーヒーミルで、どこかの古物商で入手したものと思われる。扱いは難しく、回転が速くても遅くても駄目、自分が粉砕したイナゴは粒子が粗く、口の中がチクチクした記憶がある。

では、味はどうだったか。フリカケのようにご飯に載せて食べたところでは、香ばしくて味は悪くなくとも、口の中が痛くなるので、どうにも好きになれなかった。それでも当時は食糧難の時代、「滋養に良い」 と言うことで無理矢理食べさせられた。 もし、高品位な 「イナゴミル」 があれば、そうした不満はなかったかも知れない。その後、農薬が多用される時代になってイナゴは激減し、海老名へ出かけることはなくなった。現在の地図を見ると、イナゴ取りに出かけた田圃は宅地となり、昔の面影は全くない。

さて、そのイナゴミルは今でも物置のどこかに仕舞ってあるはず。探し出せればアンティークとして価値がありそう・・・

石臼 (2023.03.04)

昔、石臼の目立て職人は身近だった。石臼は使えば使うほど切れ味が落ちる。切れ味が落ちれば細かく良質な粉は挽けない。鋸の目立てや包丁の刃研ぎと同じ理屈。石臼を日常的に使う蕎麦職人や菓子職人の中には自分で目立てをする人もいるそうだが、一般家庭では専門の職人が定期的にやってきて石臼の溝を切り直して貰ったものだ。石臼職人の仕事ぶりは小学生から中校生にかけて何度か見たことがある。電話が普及していなかった時代なので、いきなりやってきては庭先に筵を敷いて黙々と仕上げて行った。石臼の目立てをすると御影石の破片が出る。その石屑を集めて遊んだこともあるのに何故か目立て職人と言葉を交わした記憶がない。どことなく謎めいた訪問者だった。

1960年代迄、我家では母親が草餅・柏餅・黄粉などを作っていた。重い石臼はいつでも直ぐに取り出せるよう押入れのとば口に置かれ、極めて邪魔な存在ではあったが、それは生活必需品、大切に扱われた。空回りさせると切れ味が落ちるので子供は御法度、指を挟むと千切れてしまうと脅かされていた。

時は移り、石臼を使う家庭が激減した後どうなったか。仕事柄、彼方此方のお宅に伺うことがあり、庭石に混じって無造作に置かれた石臼の姿を見かけるようになった。どこかの店で玄関先の踏石に使ったところ新聞に投書が載った。「糧を得る道具を踏石にするとは如何なものか」と。

思い返せば、昔はよく行商人がやってきた。石臼目立職人の他、富山の薬売り・箒屋・煙管の竹の部分を取り替える羅宇屋・箕やパイスケを売り歩く竹細工屋、そして刃物屋等々。そうした人達がそれなりに生計を立てて家族を養って行ける時代だった。ひょっとしたら、現在よりも暮らし易い時代だったのだろうか。

昨日は桃の節句、雛あられと草餅を戴いた。端午の節句には、久しぶりに柏餅をつくってみようか。市販の米粉に比べて、石臼挽きの米粉を使った柏餅は格段に旨い・・・

NTT騒動 (2023.04.04)

4月3日朝7時過ぎ、Netが繋がらなくなった。
これは大変、仕事用のMailも確認できず大いに焦った。
先ずは、Network接続の見直しを行った。偶に回復したが直ぐに駄目。
次にRouterを疑い、設定を確認したが原因は判らず。
ならば、Routerを交換するべく、職員に指示しようとしたら、
TVでNTT光回線不調の報を知った。

午前10時過ぎに回復したが、RouterをResetした為に、接続設定のやり直しになった。Routerの設定は苦手中の苦手、Manualや覚え書きを探し出して、午前11時過ぎに漸く回復した。もし、TV情報を知らなければ、横浜駅まで出かけてRouterを買い込んでいたはず。こうした騒動は我が家だけではなく、全国各社のPC担当職員は対応に追われて四苦八苦したものと思われる。

お陰でRouter設定の詳細を記録し、Routerの交換や不調時の対応に備えはできたが、滅多にあることではないので、記録の所在を失念し、再び堂々巡りになる可能性大。

てきぱきシアンシアンの婿選び (2023.05.01)

 あるお百姓さんの家に、シアンシアン(香香)という娘がいました。器量よしで頭がよく仕事が早いので、てきぱきシアンシアンと呼ばれていました。
 てきぱきシアンシアンは、一日で、部屋いっぱいの綿を糸に紡ぎ、着物十枚分の布を織り、綺麗な刺繍ぐつを三足作ることができました。

 噂を聞いた大勢の男たちが、シアンシアンをお嫁さんにしたいとやって来ました。
けれども、てきぱきシアンシアンは、自分と同じくらい仕事が早い人をお婿さんにすると言いました。それを聞いて、ある日一人の男がやって来て言いました。
「俺は一日に俵五俵のとうもろこしを粉に挽けるし、荷車十台分の柴が刈れるんだ」
これを聞いたシアンシアンは。「それじゃ、仕事が早いとは言えないわ」 と、断りました。

 次に、別の男がやって来て、一日に二十枚の田に苗を植えることができると言って、苗を植えて見せました。けれども、急いだために田に落とした麦藁帽子を拾い忘れました。シアンシアンは、「仕事は早いけど注意が足りないわね」 と言って、これも断りました。
こうして次々に断るので、もう、てきぱきシアンシアンに結婚を申し込む人は誰もいなくなくなりました。

 そこでシアンシアンは、自分でお婿さんを捜しに出かけました。
するとある日、あの田植えの早い男に会いました。その男は、
「まだ相手が見つからないのかい? それじゃ仏様の国へでも婿捜しに行くんだな。
俺が送って行ってやるぜ」 と言うなり、シアンシアンを崖の上から突き落としました。
ところが気を失って落ちて行ったシアンシアンは、竹籠の中にすっぽり入ったのです。

 シアンシアンが気が付いてみると、そばで鍛冶屋が一人、鉄を打っていました。
シアンシアンが、「私はどうして生きているのかしら。竹籠の中に落ちて助かったなんて不思議だわ」と言うと、鍛冶屋はこう言いました。
「崖の上で声がしたので上を見たら、人が落ちて来るじゃないか。地面に落ちたら死んじまうだろうと思って、急いで鎌を打ち出し、竹を切り、籠に編んで、その籠を両手で持ってたら、お前さんがちょうどその中に落ちて来たのさ」
 それを聞いて、てきぱきシアンシアンは、
「 あなたは、何て仕事が早いんでしょう。私よりずっと早いわ 」 と言って、その鍛冶屋をお婿さんに選びました。

・・・ 「中国の昔話」 こぐま社刊 松瀬七織訳 湯沢朱実再話 より ・・・

船頭と司祭 (2023.05.13)

印度の南部に伝わる民話です。
「語りつぐ人びと 印度の民話」 長 弘毅著 福音館文庫 より

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 印度南部のある河の辺に司祭(バラモン)が住む村がありました。その村には、たいへん偉い一人の司祭がいました。ありとあらゆる学問に通じた大学者でしたが、その司祭は自分の頭の良いことを誇る余り、学のない者は人間の屑だと考えていました。

 ある日のこと、司祭は用があって河の向こう岸へ出かけることになりました。岸辺には渡し舟が待っていました。渡し舟の船頭はたいへん働き者で、仕事となると昼も夜もありませんでした。向こう岸へ渡るために、司祭は舟に乗り込みました。船頭はしばらく相客を待っていましたが、誰もやって来ないので舟を漕ぎ出しました。

 舟が流れに乗ったところで、司祭はおもむろに、船頭に向かって言いました。
「お前の人生はくだらんな!」
「どうしてかね? なぜ、旦那はおらの人生はくだらんと言いなさるだね?」
船頭が驚いて尋ねると、司祭は誇らしげに言いました。
「お前は、学問というものを知っとるかい?」
「おらみてえな頭の悪いもんには、学問なんて縁がねえだ」
船頭は、素直に答えました。
「だからだよ、わしがくだらんと言うのは、お前の人生の半分は無駄になっとる。学問はいいとして、たまに神話物語(ブラーナ)を聞いたことはあるかい?」
「昼も夜もこうして舟を漕ぐのに一生懸命で、とてもおらには神話物語なんて聞く暇なんかありゃしねえだ」
「それ見ろ! これでお前の人生の四分の三は無駄になっとる。 だが、少なくとも詩の一つや二つは聞いたことがあるだろう?」
「何を言いなさるだね、旦那。 おらは何にも知らねえだ。 この舟と一緒に汗水たらして働くのがおらの人生ですだ」
船頭は、何のためらいもなく、思ったままを司祭に言いました。
「もしそうなら、お前には何も残っちゃいないな。お前の人生は、ほぼ無駄に過ぎたと言うことだ。なぜ生きているのか、わしには判らんよ」
司祭は偉そうにそう言いました。

 二人があれこれ話をしているうちに、急に風が強くなり、河が波立ってきました。波は益々酷くなり、空が黒い雲に覆われて、やがて雨が降り出しました。 舟は河のちょうど真ん中で大きな波を受けて酷く揺れ出しました。
船頭は舟を漕ぐことができなくなりました。そのうち舟の中に水が入り込んできて、舟が沈みはじめました。
「おい、船頭! いったいどうしたって言うんだ。舟が沈んでしまうじゃないか!」
司祭は、慌てて船頭に言いました。
「どうしようもねえだ。ところで旦那は、泳ぎはできなさるかね?」
「わしは泳げないんだ」
「それじゃ、旦那の人生は無駄どころか、これでお終いだな」
こう言うと、船頭は河に飛び込んで、泳ぎながら岸辺に着きました。
しかし、司祭は溺れて死んでしまいました。

6回目 (2023.06.09)

6月7日午前11時、かかりつけ医院で6回目となる Pfizer Vaccine接種を受けた。
前回5回目は1月21日、間隔は4ヶ月半。この日は定期診断日でVaccine接種の予定はなかったが、Cancelがあって急遽接種を受けることができた。
今回もまた注射時の痛みはなし。待機指定15分間の後に引き上げた。
  接種直後:変化なし
   3時間後:発熱も痛みもなく至って平静
   6時間後:変化なし
  12時間後:変化なし
  18時間後:接種を受けた左肩を触ると微かな痛みあり
  24時間後:微かな痛みあり
  30時間後:微かな痛みあり
  36時間後:痛みは完全には引かない
  42時間後:漸く痛みは消えた

 ・前の5回目接種時より左肩の微かな痛みの回復に時間はかかったが、
  頭痛や発熱は全くなし。

例のCard (2023.06.15)

2024年秋に健康保険証は廃止とのことで、My Number Cardの申請を行った。
  写真撮影 / 申請書郵送 / 受理待ち / Card受け取り / 健康保険証紐付け
以上の手続に1ヶ月以上かかり、6月13日に漸くCardを手にすることができた。

それにしても、区役所や担当部署の事務処理は大変そう。全てのDataが既にDigital化されていれば兎も角、一部は手入力するなら、相当な確率で錯誤が生じ、その訂正からも抜け落ちる例が少なくないものと思われる。例えば、乱数表の数値を1000個書き写す場合、誤りなく完璧にこなせる人はどのくらいの割合か、少なくとも自分なら○○個程度の誤りは避けられそうにない。

恐らく、全CardのDataが誤りなく運用できるまでに相当な期間が必要に思われる。
そして、誤Dataが充分少なくなった頃には、Dataの更新や追加が行われ、結局何時まで経っても完全にはならず運用することになるのだろうか。Computer ProgramのBugと同じ運命かも。

ところで顔写真が気に入らない。 少しはましな顔に写るよう前日床屋に行ったのだが、無駄な努力であった。 指名手配犯には見えないが、年相応の写り具合である。「こんなのやだ」 とは言えないので、次回のCard更新まで我慢することになる。

忍者武芸帖 (2023.06.18)

子供時代、漫画はよく読んだ。 但し、本を購入することはなく、すべて貸し本であった。手塚治虫や横山光輝など月刊漫画雑誌の発売日を指折り数えた。ところが、中学1年の頃に漫画週刊詩が創刊され、貸し本と雖も小遣いが足りず少しずつ漫画から離れた。結局、中3の頃に完結した白土三平の忍者武芸帖が最後となり、以来漫画とは絶縁し、関心は他の分野に移った。

その後、大学生になっても漫画を読み続ける人は増えたが、自分は全く興味がなかった。偶に漫画を手にすることはあっても、内容に付いて行けず、偉く難解な印象を抱き益々遠ざかった。

ところが、先日思わぬ経験をした。中国の五胡十六国時代から隋唐に至るまでの歴史について述べた 「中華を生んだ遊牧民 鮮卑拓跋の歴史」 を読んでいたら、
   ・・・『北斗の拳』の「ラオウ」のようなイメージ・・・
との説明文に出会した。自分は『北斗の拳』を全く知らないので、これからは漫画にまで読書範囲を拡げる必要があるのかと驚いた。同歴史書の著者は1971年生。とすると、こうした事例が珍しくない時代がやって来るのかと少々慌てている。忍者武芸帖の次に何を読むべきか・・・

言い訳 (2023.06.27)

今月は本Site始まって以来の"PC記事なしの月"になりそう。原因は腰痛の悪化による。PCの総重量を10Kg以下に制限したのは大夫前になるが、今では5Kgに減らしたくなる程である。無理に持ち上げると腰がぴりつき、直るまでに相当な時間がかかり、本業に差障りがあることから益々消極的になった。貼り薬や入浴剤など多少の効果はあるが長時間持続せず、不本意な日々を過ごしている。その間、怪しげな雑文を掲載してお茶を濁す有様である。仕方ないので、腰痛に効くとされる漢方薬に手を出したところ。
どうなりますか。

ところで、Intel Raptor Series / AMD 7000 Seriesとも我が家の人気は今一つ。
 【Intel Raptor Series】
  ・低負荷時の消費電力は旧世代CPUに較べて高め。
  ・AMD 7000 Seriesに較べて高負荷時のCPU温度は幾分低いが、
   高負荷時の消費電力は大夫高い。
 【AMD 7000 Series】
  ・低負荷時の消費電力はIntelに較べて10W以上高い。
  ・Intel Raptor Seriesに較べて高負荷時の消費電力は幾分低いが、
   高負荷時のCPU温度は大夫高い。

つまり、小型軽量静音低発熱低消費電力PCを目差す者にとっては、Intel / AMD とも腰痛を押してまで仕上げる魅力がない、と言い訳をしておこう。

一先ず安心 (2023.07.07)

7月5日、かかりつけ医院でMy Number Cardを初めて使った。
 ・Cardを読み取り機の所定の位置に置く。
 ・暗証番号を入力する。
 ・その間、何度かDisplayに触れて進むのだが、慣れない所為かまごついた。
  横で看護師さんの指示がなければ受付完了まで辿り着けなかったかも知れない。
  医療機関にとっても患者にとっても面倒が増えたよう。

Cardの受付後、担当医のPC上でDataの転送が行われ、診療や薬剤投与の記録に誤りのないことが確認された。少なくとも、我が輩のCardは正常のよう。一先ず安心。

6月28日、別の中規模病院ではMy Number Cardの運用は開始されていなかった。
「いつ頃から対応されますか」 と尋ねても明確な返事はなし。つまり医療機関によって、Cardの対応状況はばらばらである。安心かつ完全なる運用はまだ先のよう。

おかちめんこ (2023.07.07)

昨今、Lookismの時代と言われるが、自分は承服しかねる。一体、何を持ってそう言われるのか、全く心当りがない。寧ろ、その逆に思われる。
 ・近年、洋画に登場する女優に正統派の美人は数少ない。
  男優は無精髭ばかりが目立つ。
 ・Anime映画に登場する女性は、押し並べてFunny Face。
 ・日本の映画やDramaに登場する女性は、皆化粧の濃い極白人ばかり。一見誰だか
  判らない。TVの女子Announcerも然り。

数ある個人情報の中で最も重みのあるのは 「 顔そのもの 」 ではないか。個人情報を知られたくなければ、顔を隠さなくてはならない。実際にはそうも行かないので、仮面を被ることになる。従って、女性の濃い化粧や男性の無精髭は、そうした仮面の代わりと捉えることができる。できる限り本人が特定されずに振る舞うための苦肉の策か。
確かに化粧の濃い女性は、一見綺麗に見えるが、細部をよく見れば顔各部のBalanceに難のある人が多いことに気づく。"福笑い"と言うべきか"おかちめんこ"と言うべきか。

つまり、Lookismとはおかちめんこ復権のことかと、嫌みの一つも言いたくなる。
けれども、"おかちめんこ" は死語だそうなので、本節は無効か。

一先ず安心 II (2023.08.12)

7月5日にMy Number Cardを初めて使って以来、2回目は7月27日に処方箋薬局、3回目は8月10日に歯科医院で用いた。どちらも問題なし。

初回は暗証番号で認証を受けたが、2-3回目は顔認証で行った。この方が画面操作の回数は少ない。けれども自分の顔がCard読取り機に写し出されるのは嬉しくない。日頃から、朝の洗顔時以外は鏡の前に立たぬように気を付けているので不愉快極まりない。次回は暗証番号入力に戻そう。

3個所の医療機関でMy Number Cardが問題なく使えたので、我が輩のCardは正常であるとして良さそう。抑も、人に知られて困るような個人情報は全くないのだが・・・

異変 (2023.08.30)

我が家の南西側に標高50-60mの緑豊かな丘陵地があり、毎年蝉の鳴き声に悩まされている。硝子戸は二重にしてあるが何のその、夏の間は爆音状態が続く。

ところが今年は様子が違う。最も煩い熊蝉が減った所為か、大夫静かである。
考えられる理由は、
 ・気温が高くなると蝉の活動は控え目になるのだろうか。
 ・気温の上昇と共に熊蝉の生息域が北上したのか。
 ・偶々蝉の端境年に当たったのか。
どうもよく判らないが、最新の情報に依れば、蝉が羽化する前の幼虫を食用にする某国人の乱獲が目に余るとのこと。

そう言えばここ数年、土鳩が著しく減った。群れを成して飛び回る姿は殆ど見られない。代わりに丘陵地に生息する雉鳩が目立つ。これもまた鳩を食用にする某国人の成せる技かと疑ってしまう。

真相は不明ながら、自然界に変化が起きていることは確かである。
ところで、今年は一度も蚊に刺されていない・・・・

どこにつけるか (2023.09.04)

今回は極めて重要な伝承です。
  「あれをどこにつけるか」 アイヌ民話集 更科源蔵著 青土社刊 より

昔、人間が創造されたとき、人間繁栄の基となるべき場所をどこにつけるかということが、神様のあいだで頭痛の種であった。最初神々の意向では、
「どうだ、額につけては、あそこなら誰にでもすぐにわかっていいだろう」
それもそうだというので話がまとまりかけたが、額では挨拶をしながらでも、簡単に人間をつくる作業をしてしまうからまずいという、反対意見がでた。
「たしかに、それも理屈だ。そう簡単にやられては困る」
というので、会議はまた最初に戻ってしまった。

「ではどうする」でまたひともめ、もめた揚句が、
「脇の下ならいいだろ」ということでまとまりかけたが、またしても横やりが入った。
「あそこはでは、ちょっと仲よく腕を組んだと思うと・・・・・」
というわけで、これも決定にまで到らず、お流れになってしまった。

「さてと、仲々むつかしいものだ」、 すっかり頭を痛めた神様たち、最後の結論として、やっと股の間という線に決定して今日に到っている。

人間の額や脇の下に、股のところと同じように毛があるのは。決定会議のとき神様たちが、もめてもめてためしにつけて、様子をみたときの名残であるということである。
 (釧路市鶴居村雪裡・八重九郞老伝承)

神州の工作員 (2023.09.21)

このところ我が家では、自作PCの話題に事欠いています。
そこで何故か、楊貴妃に関する伝承を取り上げることにしました。

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むかし、唐の六代皇帝玄宗は、日本を侵略しようと準備を進めておったそうな。それを事前に察知して驚いたのが日本の神々。さっそく八百万の神々を招集して、その対策を相談なされたが、なかなかええ考えが浮かばん。何しろ相手は、当時、北は満鮮地方から南は南海の諸国まで、その強大な力でもって併合してしまって、全盛を誇っていた唐なんじゃから、生易しい方策で防げようはずがない。そこで相談に相談を重ねた末、この際、熱田の大明神に御出馬願うよりほかに方法はあるまいと衆議一決したんじゃ。

熱田の大明神も、最初は困った役を押しつけられたわいと思われたそうなが、いずれにせよ、わが日本国の一大事なのだからと、決意を固めて、中国大陸に飛んで行かれたんじゃ。

中国へ飛ばれた熱田の大明神は、女性(にょしょう)に姿を変え、楊貴妃と名のり、美女の名をほしいままにして、玄宗の後宮に入る努力をなされたそうな。うまく後宮に入り込んだ楊貴妃は、何しろ後宮の美妃三千が色褪せて見えたほどの艶麗な立ち居振る舞い、みめからだつきだったんじゃから、たちまちにして玄宗の心をとらえてしまったんじゃ。 玄宗皇帝は、楊貴妃の術中にはまって、日夜、楊貴妃の御機嫌をとるのに忙しく、日本侵略などすっかり忘れてしまったそうな。

玄宗が楊貴妃の傍を離れず、政治を顧みなくなった虚を突いて、誰にそそのかされたか安禄山という男が反乱を起こし、玄宗の軍を敗って、首都長安を手に入れてしまった。玄宗はそれでもなお楊貴妃を手元から離さず、連れて逃げたのだが、馬嵬ヶ原(ばかいがはら)というところで、家来の圧力に屈して、楊貴妃を手元から離すことになる。玄宗から離された楊貴妃は、家来の手で斬り殺されてしまう。つまり熱田の大明神の役目は終わったというわけじゃ。熱田の大明神は、ふたたび元の姿にもどられて、熱田の宮へお帰りになったそうな。

ところが、楊貴妃を見殺しにした玄宗皇帝、なんとしても諦め切れない。楊貴妃の魂の行方を道士に探させたところが、不老不死の楽園、東海の蓬莱熱田の宮にいることが分かったんじゃ。そこで使者を派遣して、連れ戻そうとしたそうな。使者が、やっとの思いでたどりついて、ほとほと叩いた門を「春敲門(しゅんこうもん)」という。結局連れ戻すことはできなくて、使者はひっそりと帰って行ったそうな。清水社の裏手に楊貴妃の墓と称するものがあるが、いつ頃つくられたかの見当もつかない。 使者への言い逃れに使ったのかも知れんのう。

 「尾張の民話」 小島勝彦著 未来社刊より

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楊貴妃の魂が熱田に帰ってきたとの説の他に、難を免れて山口県長門市や熊本県天草市などに流れ着いたとも伝えられます。

愚か村話 II (2023.10.11)

2019/10/19に紹介した「愚か村話」の続きです。

【なくした言葉】
ドイツのシルダ村に住む男が、あるとき演説をしなければならなかったが、突然、言葉を失ってしまった。「いま、言葉を落としちまった」 と男は言った。すると、そこに居合わせたシルダ村の衆たちが、どこに言葉が落ちたのかと地面を掘り出した。しかし、見付けることはできなくて、男はそれ以上しゃべれなかった。

【市庁舎の鐘】
ドイツのシルダ村の衆は市庁舎の鐘を誇りに思っていた。
もし戦争が起こったら大変だと男たちは金を、女たちは宝石を、子供たちは玩具を土の中に埋めた。そして、市庁舎の鐘を守るため、町の衆はシルダ湖に船を出し、湖の底に沈めることにした。鐘を湖に下ろすとき、どこに沈めたか判るように船の縁に印を付けた。

心配した戦争はやってこなかった。そこで鐘を湖から引き上げることになった。湖に出て、船の印を頼りに鐘を探したが、湖をグルグル回るだけ、六日間、湖をくまなく探したが、鐘をみつけることはできなかった。七日目になって、どんな注意深さも賢さも運命にはかなわないさ、と諦めたって。

【容疑者】
フランス革命の頃、ある村の役場では行政官から一通の文書を受け取った。村に容疑者がいないかどうか尋ねる手紙だった。村の役人たちは集まって容疑者とはなにか相談したが、決め手がなく、おそらく名士のことだべと結論して、リストの先端に自分たちの名前を記したんだ。

読書記録 (2023.10.17)

このところ、本の購入が著しく減った。
 ・視力の衰えと共に読書Paceが落ちた。
 ・前に購入した本を読み返している。
 ・入手可能な世界中の民話や昔話は殆ど集めた。

ここ3ヶ月間に購入した書籍は以下の27冊。一頃の半分程度。

東南欧
歴史
文明の源流を探る - 古代エーゲ海・ギリシア文明
西欧
民話
ケルト妖精民話集
西欧
歴史
スコットランド「ケルト」の誘惑
北欧
文学
あるノルウェーの大工の日記
北欧
文学
アマリア - 1000点世界文学大系 北欧篇1 フィンランド
北米
文学
ロッタの夢 オルコット一家に出会った少女
北米
文学
20年後 - オー・ヘンリーショートストーリーセレクション
中東
歴史
文明の源流を探る - 「ミイラ泥棒」と「ノアの箱舟」が創った古代文明
中東
歴史
中東問題再考
中東
歴史
クルド・国なき民族のいま
中国
歴史
南北朝時代 - 五胡十六国から隋の統一まで
中国
歴史
中華の成立 - 唐代まで
中国
歴史
江南の発展 - 南宋まで
中国
歴史
草原の制覇 - 大モンゴルまで
中国
歴史
中華を生んだ遊牧民 - 鮮卑拓跋の歴史
東南アジア
歴史
アンコール王朝興亡史
東南アジア
歴史
ラオスの基礎知識
東南アジア
歴史
ヴェトナムの歴史 - 億人国家のダイナミズム
東南アジア
歴史
ビルマの歴史 - 王朝時代から現代まで
東南アジア
歴史
フィリピンの歴史 - 盗まれた楽園と抵抗の500年
東南アジア
歴史
タイの歴史 - 微笑みの国の真実
東南アジア
民話
インドネシア民話の旅
東南アジア
民話
サブ島のベロド - インドネシアの民話集
日本
歴史
九鬼嘉隆と九鬼水軍
日本
歴史
侵入異民族アイヌの本当の歴史
日本
歴史
まつりと神々の古代
日本
民話
アイヌ民話集

それでも読書に充てる時間は変わらず一日*時間位。 最近は東南アジア関連の歴史書が多い。けれども新書版の入門書許り。本を読めば当面の疑問点は氷解するが、また新たな課題が浮かび上がり本の買い増しを迫られる。少しは判った風な意見を述べられる日はやって来るのだろうか。

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ところで、本日10月17日発売予定のIntel Raptor Lake Refreshは "Core i5 14600K" を選び予約注文した。到着は18日。

断酒 (2023.10.27)

昨日、内科の定期診断と併せてInfluenza Vaccineの接種を受けた。(今回は有料\2,300) この時期、かかりつけ医に勧められ4年連続である。接種後の不調はなし。7回目のCorona Vaccine接種については思案中。

ところで2012/7/20以来、断酒は11年3ヶ月続いている。酒好きが突然酒を断ったので、いつまで我慢できるか心配したが、何とその後一滴も口にしていない。意思が強いからとかではなく、そもそも酒を欲する気持ちが全く湧かなくなったのだ。何事も習慣、無ければ無いなりに過ごすことができるものと思い知った。お陰で夜の覚醒時間が長くなり、その分読書時間が増えた。 昔から定説を疑う性癖なので、その探求がGameのように切りのない深みに嵌まってしまったと言えようか。

断酒のお陰で変化したのは読書習慣だけではない。味覚もまた激変した。酒の代わりに甘い物を好むようになり、Chocolate/Cake/餡子/和菓子等に手を出すようになった。軽度の糖尿病なのに困ったものである。更に、子供の頃から消化器系が弱く、よくお腹を壊すようになった。色々試したところ、肉や魚など、鮮度保存料を多量に含む食品が苦手であることが判った。少しでも気を抜くと便秘と下痢を繰り返す有様。従って、食料品は割高なDepartの地下売り場で求めるようになりEngel係数が悪化した。味覚の変化が断酒の所為だけではなく、Coronaの影響も考えられるので、この先どうなるか・・・

嫌われ老人 (2023.11.23)

少なくとも70歳頃までは同時代を生きているものと思っていたのだが、ここ数年、自分と世間とのづれを強く感じる。余りにも知らない言葉/人物/事柄が増え過ぎてしまった。

・流行り言葉はちんぷんかんぷん。
・評判の高い美人女優やJns系の男たちは殆ど識別できない。
 個性尊重は昔の話。今は没個性/無個性/反個性の時代か。
・アニソンやコマソンは一曲も知らない。
 絵文字は一度も使ったことがない。
 SNSは一度も使ったことがない。
 電車は10年近く乗っていない。
 スマホは持っていないが不便を感じたことはない。
・Web情報は玉石混交と言われて久しいが、最近はその比率が更に悪化したかも。
 AI検索を推し進めている連中の出自や実績を考えると、検索結果を恣意的に
 操作するのではないかと心配される。そうならぬよう願うばかり。
・白髪白鬚入れ歯なし。借金はないが大した蓄財もない。
 だから年金は手を付けず貸付信託に預けている。嫌われ老人の仲間入りか・・・

Aesop (2023.12.11)

イソップ寓話集から

ロバの影
古代ギリシャの弁論家デモステネスが、或る時、集会で演説をしていますと、アテネの市民が妨害をしたものですから、では、簡単に話そうと言いました。
市民たちが静かになってから、

「ひとりの若者が、夏の暑い日に、アテネからメガラ (古代ギリシャの都市) までロバを雇いました。真昼ごろ太陽が激しく照りつけたものですから、若者もロバ引きも、ロバの影に入ろうとしました。 二人は争って、ロバ引きは、ロバは貸したけれども、影は貸さないと言いますし、若者は、何もかもすっかり雇ったのだと言いました」

デモステネスはこう話し終わってから、行ってしまおうとしました。アテネの人々が、それを引き留めますと、デモステネスは言いました。

「そうか、諸君はロバの影のことは聞きたくて、国家の大事なことの演説は聞きたくないのだな」

農夫の教え
ひとりの農夫が死ぬ間際に、自分の子供たちに農業の心得を教えようと思って、そばに呼び寄せて言いました。

「私はやがて死ぬ。葡萄園に色々なものが隠してあるから、お前たちは良く探して見つけなさい」

そこで子供たちは、そこに宝物が埋めてあるものと思って、お父さんが死んでから、葡萄園の土をすっかり掘り返しました。宝物はみつかりませんでしたが、葡萄園を良く耕したものですから、今までの何倍という収穫がありました。

優良家族 (2023.12.22)

12月20日、かかりつけ医院で7回目となる Pfizer Vaccine の接種を受けた。
前回6回目は6月7日、間隔は6ヶ月半。 この日は内科の定期診断日でVaccine接種を併せて受けることができた。

今回もまた注射時の痛みはなし。待機指定15分間の後に引き上げた。
  接種直後:変化なし
   3時間後:発熱も痛みもなく至って平静
   6時間後:変化なし
  12時間後:変化なし
  18時間後:接種を受けた左肩を触ると微かな痛みあり
         触らなければ痛みなし。
  24時間後:同上
  30時間後:同上
  36時間後:触っても痛みなし

 ・今回もまた特に問題なく推移した。
 ・我が家では家人も7回の接種を受けているが不調の訴えはない。
 ・厚生労働省から優良家族として認定されるかも。

伊能図大全 (2024.01.13)

我が輩の小遣い帳は、20歳から57年間滞りなく付けている。当初は帳面、その後はMultiplan/Lotus123/Excel。 記載事項は収支だけではなく旅行先や訪問先の情報も含まれているので、簡易な日記にも相当する。その気になれば自伝の資料にもなりそう。もし犯罪に巻き込まれアリバイを証明する必要に迫られた時の証拠になるかも。

ならば、嘸かし経済観念が発達し、無駄遣いは最小限になるかと思えば、決してそんなことはない。相当な馬鹿遣いもしている。有れば有るだけ、無ければ無いなりにやり繰りできるので、せめてもの救いは借入がないことくらいか。

さて、毎年この時期になると通販で買い求めた品の公私を分別している。通販のSiteによっては、公私を分けての支払が面倒な場合もあり、少額の買物は私用の口座で処理してしまうからである。今年度は幾らになるか計算が楽しみ。清算金が○○万円を超えたら 「伊能図大全 \132,000」 が欲しい。

嫌われ老人 II (2024.03.06)

最近、違和感のある言葉が増えた。
 【阿鼻叫喚】 使われすぎて最早驚くには当たらない
 【直近】 蟹の床屋さんのことか、音が美しくない
 【目線】 どこかの業界用語
 【立ち位置】 これもどこかの業界用語
 【忖度】 博多どんたくと間違えそう
 【真逆】 物事に正逆があるのは当たり前、音が美しくない
 【至福】 日常的な幸福感のことなのか
 【乖離】 些細なことに使われ過ぎ
 【世界観】 これもまた些細なことに使われ過ぎ
 【奥が深い】 自分は奥が浅い事象を知らない
 【絶景】 極めてありふれた景色のことか
 【誠意】 強請/たかり/脅しの場合によく使われる
 【いじめ】 暴行/恐喝/強要/強奪/侮辱等の印象を薄める言葉
 【おつかれさま】 昔は夜の仕事に従事する人たちの間でよく使われた
 【過剰敬語】 「お」や「ご」の乱用が目立つ

違和感のない言葉
 【猫も百姓も】 出所は出入りの牛乳屋さん
 【憎まれっ子世に蔓延る】 「憎まれっ子世に憚る」では世相に合わない
 【貴方の幸せ私にしわ寄せ】 我が輩の造語

最近の風潮は、些細なことを大袈裟に、重大なことを矮小化する傾向に思われる。
これでは物事の本質から遠ざかるのではと心配される。
と言うことで、嫌われ老人路線まっしぐらの日々・・・

35円 (2024.03.09)

秋葉原に通い始めたのはラジオ少年になった小3から。
その昭和30年代、保土ヶ谷秋葉原間子供運賃 → 35円
当時、近所の中華蕎麦店では、ラーメン → 35円
現在、保土ヶ谷秋葉原間子供運賃 → 290円
従って、保土ヶ谷秋葉原間子供運賃値上げ率は 290/35 = 8.28倍
今時、290円のラーメンはなさそうなので、
最も安い店で 600円 とすると 600/35 =17.14倍
従って、ラーメンの値上がり率は鉄道運賃の 2.07倍となる。

最近、ラーメン1000円の壁とか言われているが、我が輩には無縁の話。
150円の菓子パン2個かジャムつき食パン2枚が精々。
1日700円 x 30日 = 1ヶ月21,000円の差は大きい。
そんなことをしたらPC自作erから足を洗うことに・・・

水月湖の年縞 (2024.03.27)

世間では気候変動についてあれこれ議論が賑やかである。 一応その手の諸説を眺め回してみたものの、すっきりした説に出合うことはなかった。例えば、
  一昨日はとても暖かだった
  昨日はやや暖かだった
  今日は凌ぎやすかった
  よって明日は少し寒くなるかもしれない
偶々そうなることはあっても、物事が直線的に変化するとは限らないことを経験的に
理解しているからである。

1970年代、間もなく寒冷期に入るのではないかと広く認識された。然も、その説に疑問を呈する人よりも支持する人の方が多数であった。1944年をPeakに平均気温が下がり続けていたからである。ところが、1975年を境にそうした予想に反して気温は上昇傾向に転じ、地球温暖化の危機が叫ばれるようになった。この 「掌返し」 には少々違和感がある。そうなると、基本に立ち返り天文学や気候学を学ばなくては、その違和感から逃れることはできないのではと思い至った。

これまでに学んだ範囲では、地球の気候は以下様々な要因に影響を受けている。
 ・地球と太陽との距離の変化 (10万年周期)
 ・地球自転軸の傾きの変化 (4.1万年周期)
 ・地球自転軸の歳差運動 (2.3万年周期)
 ・太陽活動の変化
 ・エルニーニョ・ラニーニョ
 ・偏西風や貿易風の流れの変化
 ・モンスーン帯の移動
 ・地球内部のマントル対流やマグマの動き
 ・火山噴火の影響
 ・南北両極やグリーンランドの氷床の増減
 ・CO2濃度の増減
 ・その他諸々の要因

その結果、様相の異なる時代が混在することになる。
 (A) 気候が周期的に変化する
  10万年毎に氷期があり、その間の温暖期を間氷期。
 (B) なだらかに変化する時代
  間氷期に気候が安定した時代がある。
  それでもかなりの変動がある。
 (C) 劇的に変化する時代
  間氷期から氷期に向かう時代は気候が劇的に変動し予測は殆ど不可能とされる。
  今後、何等かの周期性や法則性が見つかるかどうかも不明。

(A)/(B)については理解しやすいが、(C)についてはまだまだ検証が足りず 「掌返し」 に対する合理的な理由を得るまでには至らなかった。従って、最新の気候学について学ぶ必要がある。取り分け、研究途上とされる 「水月湖の年縞」 解析に期待がかかる。

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このところ自作PCのRepoが滞り申し訳ありません。

16段 (2024.05.04)

記憶力が著しく減退したのは何年前からか。少なくとも70歳頃まではそうした自覚はなかったので、ここ○年のことか。本は一度読めば頭に入る、と豪語していた時代は遙か昔のこと。3歩歩けば元の木阿弥ならまだ良い方、最近は2歩も怪しい。

どうも歳の所為だけではないような気がする。最近 "ブレインフォグ" なる語をよく見かけるようになった。コロナ後遺症の一つとされるが、自分はコロナにかかった経験はなく該当しないとは思うも症状が似ているので気に掛かる。

2歩で怪しいとなれば不便極まりない。文章を纏める際、固有名詞・年・数式・数値等、直ぐには思い出せず一々再確認する必要があり、我ながらうんざりする。記憶を留めるにはどうしたら良いか、自分の行動を振り返った。

まだ現役ではあるが仕事の半分以上は若い職員に任せているので、自分は一日3時間程度の勤めで済む。午前中は1階の仕事部屋、午後は2階の書庫で過ごしている。原稿の構想が纏まり次第、一階に降りて起草すると頭は空。2階では真っ当に覚えているのに1階に降りると忘却の彼方。とすると階段に原因があるのかも知れない。確かに位置エネルギーは変化するので有り得ない話しではない。

階段は16段、高低差335cm、段板には滑り留めパネルを貼り付けてある。その滑り留めは降りる時に足裏を強く刺激し、安全ではあるが心地良くない。少し急ぐとガンガン頭に響く。う~ん、これが原因臭い。せめて記憶が零れないようゆっくり降りよう・・・

アンパンマン (2024.06.25)

食べ物の好き嫌いは子供の頃からあったが、どうにも受け付けないものは「やまいも」 だけだった。それも20代の中頃に克服し食べられないものはなくなった。 「くさや」 や 「ほや」 も全然OK。

年齢と共に味覚は変化するが、最近は特に著しい。何を食べても違和感があるのだ。取り分け 「鮮度保持剤」 に対して拒否反応示す様になり肉や魚から遠ざかった。更に塩分過敏症と言えるほどに多くても少なくても駄目。そうなると食べるものが制約され、あれはやだ、これはやだ、と幼児並みである。

12年前の断酒以来、辛党から甘党に宗旨替えし、ケーキ・クッキー・和菓子などをほぼ毎日口にする様になった。 暫くそれで満足していたが、やがて旨味の解析が進んだのだろうか、甘味度/塩味度/香辛料の成分が段々に画一化され、何を食べても同じ味に思えるようになった。そうなれば当然飽きが来る。特に香辛料は鼻に付くので、そうした食品から遠ざかった。それでも未だ飽きが来ないのは餡子だけか。即ち、お汁粉・大福・まんじゅう・ぼた餅・アンパン。その内、お汁粉とぼた餅は日常食にはならず、大福・まんじゅう・アンパンを日替わりで戴くようになった。中でもコンビニのミニアンパンは4個入り183円なのでつい手が出てしまう。そう、喜寿を過ぎてアンパンマンになったのだ。毎日でもよいが、血糖値が気になるので2-3日に1回程度に留めている。

思案中 (2024.09.01)

6月:2回、7月:1回、8月:1回
最近3ヶ月間のSite Up回数である。

その間、HisG3として天文学や気候学を学びながら、ご当地保土ヶ谷の古代史について見直していた。8月31日、その成果を発表する講話会が開かれ、どうにか一段落したところ。生憎の天候のため、数人の欠席者はあったが、それでも36名の受講者があり、我が家の広間は目一杯になった。講話は135分に及び、概ね好評の内に終えることができた。

古文や漢文に目が慣れたところでもう少しHisG3を続けるか、そろそろ PCG3 に戻るか思案中である。

三無人生 (2024.10.14)

多くの人が持っている物の中で、我が輩には無縁な物が三つある。

【鍵】 子供の頃から今日に至るまで、家の鍵を持ったことがない。
  家には必ず誰かが居たからである。
【手帳】 手帳は大学時代の学生手帳が最後。
  仕事の予定はメモを所定の板に貼りだし、他の予定は全て記憶に任せた。
  特に不都合なし。
【目覚まし時計】 試験日や早朝に出かける日でも全く不要。
  前の晩に何時に起きるか良く言い聞かせてから寝れば、間違いなく起きる
  ことができたからである。それでも遅刻の経験なし。

と豪語していたのは何年前までか。ところが最近は、

【鍵】 家に誰も居なくなる日があるので、隠し場所を決めて対応している。
【手帳】 相変わらず手帳は持たないが、病院の予約日を忘れたり間違えたり
  するので、メモをPC棚にベタベタ貼るようになった。
【目覚まし時計】 一日3時間労働なので気楽な毎日。時間を気にすることはない。

「私は誰、ここは何処」となる日もそう遠くはない。このまま三無人生が続きそう・・・

 PCG3